INTERVIEWインタビュー
【 エーアイシルク株式会社 】 ターゲットは自動車からアスリートまで、「素材技術」で東北から世界へ
仙台市は、仙台のみならず東北全体のスタートアップ・エコシステムの発展に向け、様々な起業支援施策を生み出し、積極的に取り組んでいます。
グローバルチャレンジするスタートアップ、大学研究開発型スタートアップ、社会課題解決型スタートアップなど、この東北の地には様々な事業があり、そして起業家がいます。また、震災を経た経験があるからこその、地域に貢献しようとする強い想い持った起業家も増えています。
こうした様々なタイプの東北の起業家はどういう想いを持ち、どんなキッカケで、どのような挑戦や苦労を経験しながら成長し続けているのか。本シリーズでは、起業家にインタビューし、そのストーリーを解き明かしていきます。
今回は、大企業経験からのスタートアップ、自動車からアスリートまで幅広くディープテック活用、東北からヨーロッパへ、こういったキーワードを含めたチャレンジをし東北を代表するスタートアップの一社であるエーアイシルク株式会社代表取締役CEOの岡野さんを取材しました。
Interviewee
エーアイシルク株式会社
代表取締役CEO 岡野 秀生 さん
1990年オリンパス(株)入社後、ICレコーダの開発と事業化を行い、 無線機能付きデジタルカメラ開発のプロジェクトリーダなどを歴任。 2004年 ITX(株)へ出向し、ベンチャー企業の投資育成やベンチャー立上げを経験。 2013年(株)インテリジェント・コスモス研究機構に入社、地域イノベーションプログラムで地域連携コーディネータとして東北地域企業のネットワークを構築、東北大学の導電性繊維のシーズ技術に着目し2015年にエーアイシルク株式会社を設立。
Interviewer
仙台市スタートアップ支援スーパーバイザー
鈴木 修
大学在学時にマーケティング及びEC領域で起業。その後、株式会社インテリジェンスの組織開発マネジャー、株式会社サイバーエージェントの社長室長、グリー株式会社のグローバルタレントディベロップメントダイレクターを経て、2014年に株式会社SHIFTの取締役に就任し国内及び海外グループ会社全体を統括。2019年には株式会社ミラティブでのCHRO(最高人事責任者)、2021年からはベンチャーキャピタルDIMENSION株式会社の取締役兼ゼネラルパートナーに就任。2013年TOMORROW COMPANY INC. / TMRRWを創業し、アドバイザーや社外取締役として、経営や組織人事の側面からスタートアップへのIPO支援や上場企業へのチェンジマネジメントを支援。国内外でのエンジェル投資実績も多数。2023年仙台市スタートアップ支援スーパーバイザーに就任。
―それではまず、事業概要を教えてください。
エーアイシルク株式会社代表取締役CEOの岡野秀生です。エーアイシルクは、東北大学の導電性繊維のシード技術をもとに2015年に仙台で創業した会社で、高機能な導電性繊維LEAD SKIN®の研究開発、およびそれを応用し、新しいマーケットに投入するための製品の開発や製造に取り組んでいます。
―導電性繊維はどのような市場でどのように活用されることを想定されているのでしょうか?
一つは自動車などの車載部品用素材としての利用を想定しています。導電性繊維のようなものを使ってセンシングしたいというニーズはかなり前から存在している一方、業界的にはまだなかなか良いものが見つかっていない状況だと聞いています。例えば、ある部品に、今までは金属を使っていたがどうしても使いづらい、という状況があるとします。そこに我々の繊維素材を使うことでその部品が使いやすくなる、あるいは取り付けやすくなるといったことがないか、そんな可能性を探しています。
もう一つは、アスリートなどが身に付けるウェアラブルセンサーとしての利用、つまり運動中の生体情報を測定し収集することを想定しています。既に一部のチームスポーツにおいては、選手の心拍数をベルトのようなセンサーで情報収集し、選手交代のタイミングを図るのに利用しています。ウェアラブル素材として、我々のLEAD SKIN®のような柔らかく肌にダメージを与えにくい素材を活用して、既存製品の改良ができないか、提案をしているところです。
―たしかに、MaaS(Mobility as a Service)の未来には活用用途が多く、必須の素材になりそうですね。アスリートへの活用も具体的にイメージがわきます。素材としての特徴をもう少し詳しく教えていただけますでしょうか?
当初この導電性繊維は、シルク素材に染色技法を用いて導電性高分子をコーティングする技術でしたが、現在はシルクに限らずポリエステル、綿、不織布、スエード等さまざまな素材にコーティングすることが可能となりました。膜状にコーティングすることで高く均質な導電性を与えられるため、単に電気を伝えるだけでなく、圧力分布センサーやマルチタッチセンサーとしての機能性をもたせることができます。また、洗濯による性能劣化も少なく長寿命であることや、抗菌・抗ウイルス性能、電磁波をブロックする機能なども備えています。
こうした高い機能性を活かし、我々の導電性繊維は、2020年には国内健康美容機器メーカーの電気刺激トレーニングウェアの素材としても採用されました。
―やはり最終的には人の肌に触れる素材が大切とは思っていましたが、かなり多岐に渡る素材への活用ができるですね。
ここでいったん、そもそもの創業に至った背景や経緯を教えてください。
私自身はオリンパス株式会社で技術職をしており、オリンパスが投資をしたジョイントベンチャーに出向した経験がありました。その後、折悪しく東日本大震災の発生、会社の状況悪化などがあったのですが、その頃東北大学から、医療機器や自動車関連分野を復興事業の一助とするための人材を募集しているという情報を得たのです。そこで手をあげて、私は地域連携コーディネーターという立場で、仙台での産学連携を促進する仕事に関わることになりました。大学発の技術や研究を、仙台市や宮城県内の中小企業に紹介して繋げてきたほか、東北大学のビジネスインキュベーションプログラム(BIP)に取り組んでいる企業のサポートなどをしたのです。
実はその際に、導電性繊維とは違う分野でのベンチャーに誘われ、参画する予定になっていました。しかしそのベンチャーが頓挫してしまって。特別、起業への意欲が高かったわけではないのですが、意地みたいなものもあって、もう一つ可能性があるシード技術として導電性繊維開発の話を聞き、そちらの方で事業化に挑戦することになったのです。
―ある意味で予想していなかった縁や機会が重なった創業だったのですね。スケールの大きなビジネス創出には経験豊富なミドル・シニア層の起業が大切と言われている中で岡野さんご自身がロールモデルですね。
そもそも起業を志向されていない中でスタートアップのCEOをすることへの悩みや抵抗などはありませんでしたか?
ジョイントベンチャーの経験がありましたから、ベンチャーの設立からM&Aまで一通りのことはわかっていたつもりでしたので、その意味での抵抗感はありませんでした。でも、年齢的に大企業に勤めた後の人間が簡単に飛び込める世界ではないことは確かですね。私の場合はたまたま状況がそうだったというだけなんです。2015年に起業して、同年12月に最初の投資を受けることができましたが、それでもその次の投資を受けるまではやはり大変でした。
―大企業キャリアからの起業。心理的にも簡単なことではないですよね。
創業から比較的早い段階で資金調達されて、その後2017年1月に2度目の調達もされましたが、この初期の時点でVC側からの評価や期待値をどう感じられていましたか?
1社目はドレイパーネクサスベンチャーズ(現・DNX Ventures)からの調達でしたが、それこそ投資の条件はシリコンバレーに3ヶ月行ってビジネスを学んでくること、といったものも含んでおり、いわば経営のための教育を受けさせていただいた形でした。そこからベンチャーとしての仕組みを整えながら、事業計画や経営計画を作成していった結果、その内容を2社目の出資先からも認めてもらえたという形です。この時期は、期待感というよりはVCに育てていただいたような形で、非常にありがたかったですね。
また地域連携コーディネーターをしていた関係で七十七銀行との繋がりもあり、2017年は七十七銀行からもバックアップをいただきました。
また、それらの出資の前後には、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成金にも採択されました。そんななかで、国内の化学メーカーと導電性繊維の量産技術開発の話があったり、スポーツウェアメーカーと提携して製品開発を進めたりもしましたが、残念ながら直接の製品化には辿りつかなかった。しかしその技術を別の健康美容機器メーカーが事業化したい、となり、2020年に電気刺激トレーニングウェアが完成したのです。
―最初のVCとの出会いが大きいですね。単にお金の投資というだけではなく、シード期のスタートアップにとって必要な環境も提供してくれた。提供してくれたというか条件だった。これは素晴らしい。
メーカーとの提携の話も出ましたが、技術の可能性が高い一方で、製品化や量産の難易度もやはり高いものでしょうか?
導電性繊維を使いたいと思ってもらえる、つまりポテンシャルはあるのですが、実際ウェアラブル機器関連で成功している国内の事例はまだまだ少ないのが実情です。また製品化するにあたっては、やはりどうしてもコストの問題があります。我々としても、なるべくコストを落とした素材を作る努力をしており、特に材料そのものや製造設備から改良することができるのは我々の強みとなっています。つまり製品開発にあたり既存の材料を探す、のではなく、イチから作るという姿勢でやっています。
材料や技術の組み合わせでは、かつて日本は世界的に良いポジションにいましたが、今その分野は中国など海外の方が盛んになっており、日本がリードしているのは非常に高度な匠の技のようなものだけです。現状、日本の、しかも震災が起きたこの東北という地域から、世界に発信して勝負できるものがあるとしたら、やはりこれまでの技術的な蓄積が十分にある「材料」の部分だと思っています。特に東北大学は、マテリアルの基礎的な部分を研究してきた強みがあるので、そこを活かしていくべきでしょう。
―ただ単に技術の日本とは言えない現実がありますので、まさに日本はどんな技術で勝負していくかを再構築することが大切だと本当に感じます。その意味では東北大学はグローバルチャレンジできる技術が多々ありますね。
大学発ベンチャーというと、すごい技術はあるけど、どう商品化しどう売ればよいかわからない、というビジネス化への壁が大きく立ちはだかっていますが、その点の課題を岡野さんはどのように考えておられますか?
仰る通り販売先はビジネス上とても重要な課題の一つです。大学には尖った研究や技術は数多あるものの、研究室単位の個別の小さな技術の集合体という側面が否めず、ビジネス化に必要な横の連携が十分にとれていないように感じています。大学の先生がビジネスを知るためのサポートもアメリカなどと比べると得にくいですね。あと、先生がいったん外のビジネスの世界に出たあと、また大学に戻ってくることは、アメリカではできるのですが、日本ではそれもできません。
―日本における大学の研究室の構造や教授の規定に課題がありそうですね。別の観点では、技術はあるがビジネス化する上で経営者そのものがそもそもいない、という状況もあるように見受けられ、特に都心ではない地域はその課題が大きいようにも感じますが、その点はいかがでしょうか?
やはり東北では、どうしても優秀な人材を集める難しさはあると思います。また、ベンチャー関係の情報が、東京などと比べるとワンテンポ遅れてしまうことも事実です。そんな背景もあってか、東北地域における大学発ベンチャーでIPOまで到達したものはここ数年ないという状況になっていますよね。
ただし、基礎研究に力を入れている大学の近くでベンチャーをするメリットは確実にあります。例えば何か技術面の課題にぶつかったとき、いろいろな先生にオープンに話を聞きにいけるという側面は非常によいと思います。また開発に必要な高額な設備投資に対しても比較的寛容なのは、大学の近くにいるからでしょうね。
―大学発ベンチャーのメリットは、技術が生み出される場所にいるからこそ、教授などの相談相手や大規模で高額な設備にスピーディにアクセスできる、ということですね。ディープテック領域にはそれは必須ですよね。
岡野さんがエーアイシルクを起業した2015年から比べると、例えば大学発ベンチャーへの行政の支援の在り方など、そういった環境の変化は感じますか?
そうですね、2015年以降、経産省、経産局、そして仙台市などの地域行政も、大学発ベンチャー支援を含めた各種の起業支援により力を入れていると思います。起業支援は、いわゆる商店なども含むのですが、例えば仙台市起業支援センター「アシ☆スタ」のサポートは大変充実したもので、我々もホームページの立ち上げなどにあたり利用させていただきました。この時のサポートによって、言葉による説明ではなく、視覚的にストーリーを発信して訴えかけるようなムービーなども作ることができました。
このホームページ関連のサポートは今は無くなってしまったと思いますが(※)、仙台市全体として環境面はこの8年の間にだいぶ改善したと思います。復興が始まった直後の時期は、市内で事業用のオフィスを借りることも大変な苦労でしたが、その辺りはずいぶん改善されたと思います。支援事業もありますし、恵まれた状態なのではないでしょうか。
(※)ホームページ関連のサポートは、現在、「アシ☆スタ(仙台市産業振興事業団)」の窓口相談にて対応しています。
―地域行政の支援は本当に拡充していますね。起業のためのピッチイベントから勉強会、起業後の成長支援プログラムまで、私も本当に多くの取り組みを目にするようになりました。
今後のことも伺っていきたいと思います。創業から8年が経ちましたが、助成金への採択はもちろん、資金調達にも成功してこられましたが、今後いわゆるIPOなどはどのように考えておられますか?
我々にとって、IPOはゴールではなく一つの通過点と考えています。時間軸的な目線としては、2027年までにはIPOの手前まではもっていかないといけないと思っており、準備段階という意味では本当にもう今年が勝負どころという感覚です。
―その時間軸の目線ですと、まさに今が勝負どころですね。仙台、そして東北のスタートアップのリーダーの一社としてエーアイシルクさんへの期待値はかなり高まっていると思いますが、グローバルチャレンジの状況はいかがでしょうか?
こちらも既に展開を始めています。我々は日本貿易振興機構(ジェトロ)のグローバル・アクセラレーション・ハブというプログラムを利用しており、海外企業のリサーチをしたうえで興味ある企業にコンタクトをとり、協業に向けてサポートしていただくもので、現在はヨーロッパの自動車関連企業を中心にアプローチをしています。また海外のアクセラレーションプログラムも利用しながら、ヨーロッパでの展示会へ出店しています。自転車関連、特にEバイクなど、今急成長している分野への進出にも取り組んでいますね。
―それはすごい。このステージでそのように積極的にグローバルチャレンジするのはリソース的にも大変だと思いますが、海外進出関連もCEOの岡野さんが1人でリードされているのですか?
海外進出のビジネス面は常務取締役COOの原雄二が中心になって進めていますが、技術の話は私が関わることになります。本当は、私が出なければ進まないという状態をなるべく減らしていきたいので、その意味で、ビジネス系、アライアンス系の人材の確保は今一番の急務だと思っています。
―基礎的な材料を応用して製品を共同開発していくマーケティング職、そして研究開発のできるエンジニア職。導電性繊維という製品化の展開の仕方がさまざまある分野だけに、どちらもすごくおもしろそうな職種だと感じています。優秀な人材が多々集まり、AIシルクが、仙台そして東北をリードする成功企業になることを応援しています。最後に一言、メッセージをお願いできますでしょうか。
本当に、人が何より大切だと思います。東北地方は、震災によって、仙台などに拠点を置いていた名だたる企業がどんどん東京などに流出してしまいました。しかし、その中で何らかの事情があって仙台に残らざるをえず、地域での働き口を見つけられなくなってしまった優秀なエンジニアがたくさんいらっしゃいます。また震災をきっかけに仙台に戻られた若い方たちもいます。
我々は特に本社や仙台オフィスにおいて、そのような地元の方々を積極的に採用し、活躍していただいています。この仙台という地域に根付いて、思いっきり楽しく、仙台から世界に発信できるような会社、自由な未来を紡いでいける会社として、これからも歩んでいきたいと思っています。
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