INTERVIEWインタビュー

【 クレインバスキュラー株式会社 】 社会実装視点での研究開発、東北大学発の医療機器ベンチャーの挑戦

クレインバスキュラー株式会社|社会実装視点での研究開発、東北大学発の医療機器ベンチャーの挑戦

仙台市は、仙台のみならず東北全体のスタートアップ・エコシステムの発展に向け、様々な起業支援施策を生み出し、積極的に取り組んでいます。
グローバルチャレンジするスタートアップ、大学研究開発型スタートアップ、社会課題解決型スタートアップなど、この東北の地には様々な事業があり、そして起業家がいます。また、震災を経た経験があるからこその、地域に貢献しようとする強い想い持った起業家も増えています。
こうした様々なタイプの東北の起業家はどういう想いを持ち、どんなキッカケで、どのような挑戦や苦労を経験しながら成長し続けているのか。本シリーズでは、起業家にインタビューし、そのストーリーを解き明かしていきます。
今回は、医療における専門的な研究開発をしながらも、海外でのビジネスインターンシップや米国スタンフォード大学人材育成プログラムであるバイオデザインプログラムの日本版を経験することで、研究開発の先にある社会実装を強く意識し起業した東北大学発スタートアップ、クレインバスキュラー株式会社の代表取締役である梶山さんを取材しました。

Interviewee

写真:梶山 愛

クレインバスキュラー株式会社

代表取締役 梶山 愛 さん

茨城県常陸太田市出身。東北大学工学部機械知能・航空工学科を卒業後、東北大学大学院工学研究科量子エネルギー工学専攻修士課程修了。2020年2月、血液透析患者用の新医療機器を開発する会社クレインバスキュラー株式会社を設立。

Interviewer

写真:鈴木修

仙台市スタートアップ支援スーパーバイザー

鈴木修

大学在学時にマーケティング及びEC領域で起業。その後、株式会社インテリジェンスの組織開発マネジャー、株式会社サイバーエージェントの社長室長、グリー株式会社のグローバルタレントディベロップメントダイレクターを経て、2014年に株式会社SHIFTの取締役に就任し国内及び海外グループ会社全体を統括。2019年には株式会社ミラティブでのCHRO(最高人事責任者)、2021年からはベンチャーキャピタルDIMENSION株式会社の取締役兼ゼネラルパートナーに就任。2013年TOMORROW COMPANY INC. / TMRRWを創業し、アドバイザーや社外取締役として、経営や組織人事の側面からスタートアップへのIPO支援や上場企業へのチェンジマネジメントを支援。国内外でのエンジェル投資実績も多数。2023年仙台市スタートアップ支援スーパーバイザーに就任。

―それではまずは、事業概要を教えてください。

クレインバスキュラー株式会社・代表取締役の梶山愛です。私は東北大学で医療機器の研究をしたのち、大学院修了後の2020年2月に、血液透析患者さん用の新しい医療機器を開発する会社を設立しました。具体的には、患者さんの動静脈シャント狭窄(シャント=透析用の血管が狭くなってしまい、透析ができなくなること)を低減する目的の医療用デバイスを開発しています。

―その透析治療における新たなデバイスについてもお伺いしてみたいのですが、その前に、基本的なところになりますが、透析治療とはいったいどういったものなのか、国内の透析治療の現状もふまえて教えていただけますか。

透析治療とは、腎臓の機能が著しく低下してしまった方が、自身で体内の老廃物や余分な水分を尿として排出できない代わりに、人工的なフィルター(ダイアライザー)を介して血液から老廃物や水分を取り除き、血液をきれいにする治療のことです。腎機能の低下は命に関わります。そのため患者さんは1日置きの頻度で透析治療を受け続けなければなりません。国内には現在約35万人の透析患者がいるとされ、このうちの約34万人が血液透析を受けています。

血液透析では、毎分200mL程度の血液を取り出し、人工的なフィルターを持つ透析機器(ダイアライザー)を介して浄化する必要があります。これは片側の腕に巡る血液の量よりも多いため、それだけの血液を取り出すための「血流が良いルート」が必要です。そのために、透析開始前に手術で作製されるのが「動静脈シャント」です。腕の静脈と動脈を繋ぎ、動脈から静脈に勢いよく血液が流れるようにすることで血液を取り出せるようになります。つまりこのシャントが患者さんにとって、〝生命線〟となります。

―透析治療患者さんにとって、シャントが命のように大切なものということですね。それでは、梶山さんが開発中のデバイスはそこにどのように関わるのでしょうか?

私たちのデバイスは、そのシャントに起きる「狭窄」というトラブルの低減を目的としたものになります。

シャント狭窄で一番多いのが「内膜肥厚」で、シャント血管の壁の内側(内膜)などに内皮細胞が増殖して厚くなることで血液の通り道が潰れ、透析ができなくなるものです。この狭窄に対する治療は国内だけでも年間約18万件も発生しています。

狭窄の治療は、放射線診断科の医師が患者さんの狭窄部分を血管内側からバルーンカテーテルで押し広げる、という方法で行います。局所麻酔はするものの、バルーン拡張時には患者さんには痛みが伴いますし、対処療法とも言えるため治療の効果が短く、人によっては年に何度もそれを受けなければなりません。また、そのような狭窄治療には年間450億円の医療費がかさんでおり、それだけ頻発する狭窄に対して小まめなリスク管理や迅速な治療対応が日々必要とされる医療従事者の負担が大きいという課題も存在します。そこで私たちクレインバスキュラーは、このシャント狭窄を「根本的に防ぐ」というところに、事業としての可能性を見出したのです。

―患者さんへの貢献もそうですが、医療従事者の様々な負担を減らせるという点でも重要な課題へのチャレンジですね。このような医療機器の開発には、元々関心があったのですか?

大学進学前までは、工学、特に宇宙開発を学びたいと思っていましたが、将来の仕事という視点で考えると、医療にも興味がありました。ただ、医師になるという選択はせず、メカニカルエンジニアという立場で医療の世界に携われないか、と考え始めました。学部3年生~大学院では、放射線治療に使う次世代の線量計について研究開発をしました。

―この流れで起業についてお伺いしたいのですが、そのように研究者としての道を歩む中で、どういう経緯で起業することになったのでしょうか?

実は、大学時代は起業することを全くイメージしていませんでした。しかし在学中、基礎研究をして機器開発をすることよりも、その機器が社会でどう機能するのか、どうやってそれを市場に出回らせるか、あるいはこの機器が本当に医療現場の人の困り事を解決し得るだろうか、といったことに興味がわいたんです。

そのような中で、修士の時、海外でのインターンシップに2度参加しました。

1回目はベトナムのホイアンという発展途上の地域で、飲食店の経営を実践的に考えるプログラムに参加しました。その時に、改めて物を売ることを考える楽しさを味わいました。

2回目はシリコンバレーに観光業ベンチャーの社長と一緒に行き、訪日経験または予定のあるアメリカ人や宿泊サービスアプリ会社に対して市場調査を行うものでした。これに行ったのは修士1年の時で、本来は就活を始めなければならない時期でしたが、様々な企業の就職情報を見る中で、自分が企業に入社して働くイメージがどうしても持てなくて。このインターンシップを通じて、就職するのか、何か別の選択肢があるのか、今後の方向性を決めるためのヒントはないかな…と考えていました。

そのシリコンバレー滞在中に、スタンフォード大学のバイオデザインの先生を紹介してもらったのです。そして、東北大学でもバイオデザインのプログラムを開講しているということを、その時教えてもらいました。バイオデザインについては、こんなにおもしろそうな世界があるのか、と。結果的には、このバイオデザインという分野との出会いが、私にとって就職ではなく起業を選ぶ大きなきっかけとなりました。

―研究とは全く関係のないインターン経験が梶山さんのキャリアを決める大きな転機になったんですね。そしてもう一つ、バイオデザインのプログラムとの出会いがなければ、今のクレインバスキュラーは存在していなかったといっても言い過ぎではないですね。

そうなんです。「バイオデザイン」とは、医療機器のイノベーションリーダーとなる人材を育成するプログラムです。スタンフォード大学で始まって以降、同プログラムは世界各国の大学で実施されています。日本では2015年から東京大学、大阪大学、東北大学の3大学で「ジャパンバイオデザイン」が行われています。

プログラムでは、医師以外のエンジニアやビジネスマンもチームとなって医療現場に入り、手術や診療の現場に2ヶ月程入り込み、ニーズを200個以上抽出します。その中からより事業性の高いニーズを選出し、解決策となる製品コンセプトを発案し、ベンチャーを起こすなどして、実用化に向けた開発を始めて行きます。医療機器開発は許認可や特許、保険償還などの特有なハードルがあり新規参入が難しい分野とされていますが、ニーズやコンセプトを選出する段階からそれらの事業リスクも評価することで、最終的には事業性も実現性も高い製品を発案でき、また製品化やバイアウト経験のあるファカルティが豊富にいるというのがバイオデザインの良いところです。

このバイオデザインを知り、プログラムに参加したことで、自分で現場を見て、ニーズを把握して、かつ事業性のあるものに着手すること。そして開発からマーケティングまですべてに携わりながら、製品を世の中に出すことに、大きな魅力を感じました。

―実際の現場からニーズを特定して起業含めた解決を生み出していくプロセスがプログラム化されているのは素晴らしいですね。さらに具体的に梶山さんがプログラムをどう活用されたかを教えていただけますか?

私の場合は、東北大学の放射線診断医が行うシャント狭窄治療やその他のカテーテル治療の現場に入り、214個のニーズを抽出しました。その上で、市場の大小、競合他社の存在や優位性、ステークホルダーの分析、医療機器ゆえの規制の問題、特許取得などの条件を加味し、どのニーズならバランスよく事業化できそうかを、評価基準を作成してニーズをスコア化し、スクリーニングをしていきました。選出されたニーズに対しても、解決策となるアイデアを100個以上創出し、また新たな評価基準を作成して事業性の高いコンセプトを選出しました。

この事業化までの一連のプロセスを、10か月かけて効率よく学べるよう体系化してあるのがこのプログラムです。私の場合は、シャント狭窄を低減させるデバイスの開発、というコンセプトが最終的に残り、それを実現するためのベンチャーを立ち上げるに至りました。

―大学発ベンチャーでは、優れた研究開発も社会にどう実装し市場でどうビジネスにするかという大きな壁を乗り越えなければならないので、こういったプログラムはとても有効ですね。ちなみに、結果的に梶山さんが起業することに対して、周りの方からは何か反応はありましたか?

実は学生の頃の私は基礎研究だけをすることに違和感をもち、研究にそこまで熱心に取り組むことができず、ビジネスインターンなど課外活動ばっかりの時期もありましたね。バイオデザインに参加すると決意してからは就職活動もしなくなったため、研究室の先生方には心配をかけていましたね。バイオデザインプログラムの選考に通ったときは、ひとまず安心してくださったようです。

―そうだったんですね、先生方もほっと一安心(笑)。さて東北大学発ベンチャーとして、東北大学とはどのような形で関わっているのでしょう。

最初の知財出願や起業準備の開発助成金に関しては大変手厚いサポートをいただきました。現在は大学病院などと共同研究契約を結び動物実験や流体シミュレーションを実施しています。また、大学在学時に所属していたサークルの後輩の学生にはアルバイトで実験や事務のお手伝いをしてもらったりと、大学とはさまざまな関わりをもちながら進めています。

―現在の開発状況についても教えてください。シャントに取り付けるデバイスの現状や今後のローンチ目標はいつ頃になる見込みでしょうか。

血管の狭窄を低減させたいということは、どうして血管の狭窄が起こるのか、という側面からアプローチする必要があるのですが、実は内膜肥厚のメカニズムは、まだ明確には示されていないんです。私たちとしては、既存の関連論文と自社で行った実験やシミュレーションを組み合わせてデバイスの有効性を実証し製品化する必要があります。今は動物実験での実証を半分程度終えたところで、現在は2027年までのローンチを目指して動いています。

―競合も気になるところですが、同様の製品を開発するなどの競合他社は、国内外に他にどの程度あるのでしょうか?

海外に2,3社あり、有効性やユーザビリティの部分で優位性をとったり、差別化したりする動きがあります。ほとんどの会社がまだ開発段階にあり、スピード勝負となっています。

ただし、海外の場合狭窄の原因が日本と異なる部分もあるため、私たちはまず国内の患者さんに効果が出る製品を目指しており、特許も国内で取得する予定です。

特に、年に7、8回狭窄を起こしていた患者さんが、1、2回に低減できたとすれば、デバイスの普及は進むでしょう。そうすれば、新しく透析を始める患者さんが最初に手術する際に、デバイスをつけるための指針を設けることができます。これには現場の医師の声や学会での評価によるところが大きいため、今も開発段階から医師にアドバイザーとして加わっていただくなど、将来的な学会での認知を視野に入れながら動いているところです。

―まずはスピード勝負で2027年のローンチに挑むということですね。まずはそこが最優先と思いますが、ビジネス的な方向性についてもお伺いさせてください。こういった事業領域ですとエグジットはやはりM&Aとなるのでしょうか?

基本的には大手関連メーカーに会社をM&A、売却したり、協業して販売することが多いです。医療機器はどの会社を通して卸すかが非常に大切なため、製品が生き残っていくにはメーカー提携は必要でしょう。医療分野の市場は世界的に今後も伸びて行きますが、他の分野に比べて1製品の市場は小さいため、余程市場が大きい製品はIPOの事例も過去にありますが、M&A等のメーカー提携が多いです。

―2027年のローンチを進めていく中で、必要資金の調達、スタッフ体制などはどのようにお考えですか?

必要資金については、現在は助成金により確保していますが、医療機器承認を得るための動物実験や臨床試験を行うなど大きなお金がかかる時は、助成金に加えて投資家等の支援を得て進めていくことになります。

またそのような大型試験に際しては、コアなスタッフや専門家を募る必要があります。拠点である仙台で、どうスタッフを確保するか、やり方はいろいろあるでしょう。

投資家の方、研究開発スタッフに興味がある方は、ぜひご連絡をいただけるとうれしく思います。

―起業家としての梶山さんご自身についても一つお伺いしてみたく、漠然とした質問になりますが、経営者としてご自身の性格やタイプをどう自己認識されていますか。

私自身としては、ある一つのプロジェクトに対して、段取りや優先順位、時間配分をプランニングする方が得意なのかなと、会社を始めてから気づきました。少人数でベンチャーをやる場合、少ないリソースで開発以外の事も含めて総合的に進めていく必要があるため、どうしても最初は想像以上に時間がかかってしまいます。そのため、どういう段取りで行うかよくよく考えてプランを組み立てた上で、たまには取捨選択し、進めていくことが重要になってきます。これはベンチャーとしてやらざるをえませんでしたが、全然苦ではなく、むしろ楽しいですね。

―梶山さんは研究のための研究ではなく、インターンやバイオプログラムを通して社会実装に興味をもたれて、社会実装を常に視野に入れた研究を行ってきたものと思います。研究開発をビジネスにしていく大学初スタートアップの起業家にとって、梶山さんの経験の道のりはロールモデルになりますね。

研究に関しては他の人より割いた時間は少なかったかもしれません。しかし、結果的には今も研究をしており、修士の頃の経験が生きています。研究と、インターンなどの研究以外の経験との両方が、今の自分を作り上げていると思います。その両方に共通するものは、「面白そう」といった興味だと思います。

インターンについては、当時は東北では良い機会が非常に少なく、東京まで足を延ばしてようやく理想のものに出会うことができたと思います。最終的にバイオデザインプログラムにたどり着けたのは本当に大きかったですね。

―それでは最後に、これから社会に出て就職や起業など様々な自分の可能性を追い求める学生さんに向けてメッセージをいただけますか。

私たちは外部からのいろいろな影響に囲まれて生きています。そんななかで、良い意味での直感を大切にしてほしいですね。自分に合うもの、あるいは合わないものが出てきたとき、「ん?」と一旦立ち止まって、自分は何がしたいのか、何が好きなのか、と考える、その繰り返しが大事だと思います。この判断を常にしていれば、好きな自分、満足した生活に繋がると私は思います。 弊社でもアルバイトの学生さんが、博士課程に進むか、ベンチャーに就職するか悩んでいるんですが、そのようにベンチャーというものが将来の視野に入っていること自体、経験としてとても良いことだと思っています。全員が同じ考え方ではありませんが、今の時代、研究に興味を持ちながらも、大きい目線で物事を組み立てたいという人が、将来を見つけるための何かおもしろい機会や選択肢が、東北など地方にこれから増えてくれることに期待をしています。

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